今回は、デンマークのエコ事情について、
ロラン島市議会議員のレオ・クリステンセンさんに
お話をうかがった模様をお届けしました。
今回は、ロラン島が環境政策に向かうまでの歩みを
テーマにお話をうかがいました。その内容をご紹介しましょう。
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私が子供だった頃、ロラン島はさほど環境に気を配っているわけではなく、重工業なんかがすごく
盛んな場所でした。私が育ったのは、ナクスコウというロラン島のなかでもいちばん大きな街ですが、
美しいフィヨルドがあって、造船所や砂糖工場がありました。同時に、フィヨルドは野鳥の飛来地として
いろんな鳥を観察できる場所で、自然にも恵まれていました。でも私は18歳になるまで、あまり
環境や鳥のことを考えなかったのですが、その頃からだんだん鳥が好きになって観に行くようになり、
そのときフィヨルドが汚染されていることを目の当たりにして、そこから産業や重工業が影響を
あたえているのではないか?ということを考えるようになりました。その後、1975年に仕事の関係で
国を出ることになりましたが、結局26年間、デンマークにはあまり戻らず、海外で仕事をするという
経験をしました。世界各地を見てきて、環境問題を身近に感じるようになったし、とくにアメリカの
カリフォルニアが環境に関する感覚や対応が進んでいると感じ、自分が26年後、地元に戻ったとき、
「このままではいけない」と強く思いました。ロラン島に戻ったとき、自分は45歳だったのですが、
なぜここに戻ってきて居続けようと思ったかというと、結婚をしたからです。でも、戻ってきて
衝撃を受けたのは、26年が経ってすでに僕が知っているロラン島ではなくなっていたことです。
重工業も廃れて、失業率も上がり、知識層が出て行ってしまった。ロラン島の60%にあたる職が
消えていて、7人にひとりが島を出ていく事態になっていました。そのなかには当然、知識層も
含まれていた。また、高い知識層ではない人たちの失業率が42%と、ものすごく上がっていました。
それがあったので衝撃を受け、この島に戻ってきたのはいいけれど、さあどうしようか?というふうに
考えたわけです。私が島に戻ってきたのは1998年ですが、たまたま知り合いだった人が、新しく
ナクスコウの市長になりました。彼は僕がロラン島に戻ってきたことを聞きつけ、「何か手伝ってくれ、
君は世界中を見てきたわけだから。もう一度、地域を復興させるために、ぜひ力を貸してほしい」
と言われました。では、どういうところから着手しようかと考えたのですが、まずEUの現状が
どうなっているのかということを調べて、その当時、「これからEUの加盟国が10カ国くらい増える」
という指針が出ていて、とくに東ヨーロッパ地区の国が加盟することになりそう、という話だったので、
そこでEUのいちばんの問題点としては、その国々が環境やエネルギーに関して後進国のような
状態だったということから、その改善が今後のEUでの重要な課題になってくるとされていました。
なので、それを自分たちの地域の復興とうまくかけ合わせてできるのではないか、ということを
僕はそこからヒントを得たのです。デンマークもその時点では、再生可能エネルギーの分野では
相当進んできていましたし、地理的にもロラン島はそういった取り組みに有利だと考えました。