
FRF’11終了。
そして撤収開始!
ようやく苗場は晴れました。
グリーンステージ場内をぶらり。
ゴミの少なさには驚くばかりです。
さすがフジロック。
ありがとう。
また来年!
(スタッフ:インタマン)

FRF’11終了。
そして撤収開始!
ようやく苗場は晴れました。
グリーンステージ場内をぶらり。
ゴミの少なさには驚くばかりです。
さすがフジロック。
ありがとう。
また来年!
(スタッフ:インタマン)
月曜の朝、新幹線で帰郷するジョージ・カックルやタロヲを見送りにホテルのロビーに降りて行くと、僕にとって今年最大の収穫だったかもしれないTINARIWENのメンバーがその辺にいるらしいという情報が。急いで行ってみると、「砂漠の民」はもう姿を消していた。誰かが目撃したというのは、蜃気楼だったのだろうか。
やや大げさに物語化してしまったが、マリ北部のサハラ砂漠エリアからやって来たというこのグループの音は、なにかを超越しているような凄さだった。前回のコラムでも書いたとおり、こういった出会いや発見の機会をいくつも与えてくれるのが、フジ・ロック・フェスティバルの素晴らしさだ。この点に関しては、スマッシュの日高さんがインターの生放送で語っていた。崇高な理念といっていいだろう。その高い目標をしたたかに実現させていく意欲や姿勢には頭が下がる。
今年のフジ・ロックの直前、尊敬する中村とうようさんが亡くなった。若いころとうようさんが書く原稿や物の見方に大きな影響を受け、それが、物書きのはしくれとして生きている今の自分につながっているような気がする。
そのとうようさんがよく書かれていたのが「しなやかな感性と、したたかな知性」というフレーズ。社会へのコミットという視点から、音楽作品や音楽家に求められる姿勢を示したものといえるだろう。それは聴き手にも求められているものでもある。困難なこの時期に、とてもいい形で運営されたフジ・ロックの会場をぶらぶらと歩きながら、あらためてあのフレーズを思い出していた。
by 大友博

2時を過ぎると太陽が顔を出し、ようやく、自分の影が見えるようになってきた。少し陽に焼けるかも。
そのままオレンジ・コートを目指し、今年はなにがあってもこの人だけはと思っていた「なぎら健壱」のライヴに。早めに着いたはずなのに、音が聞こえてて「?」。どうやらバンド全員でかなり真剣にサウンド・チェックをしていたらしい。
時おり下町の居酒屋でお見かけする、あのままの雰囲気。いきなり引き込まれた感じだ。
本人がいっていたとおり、シンガーだと知っている人は少ないかもしれないけど、なぎら健壱はカントリーやブルーグラスにも造詣の深い、本物のフォーク・シンガー。「一本でも人参」や「東スポ博士」で笑わせたり、震災に言及し「酒を飲んで忘れることもいいのでは」と彼らしいメッセージを発信したり、あるいは「キャラヴァン」のインストゥルメンタルを聞かせたり、100%なぎら健壱らしさを満喫させてくれたライヴだった。
オレンジ・コートをあとにし、フィールド・オブ・ヘヴンをぶらぶら歩いていると不思議な音が聞こえてきて、そのまま北アフリカ、マリ出身のトゥアレグ人のグループ、TINARIWENを最後まで観てしまった。一時期、ライ・クーダーもマリの音楽に取り組んでいたが、ブルースの原型のような音で、いろいろなことを考えさせられた。ちなみに、MCはフランス語。こういう未知の音楽家との出会いがあるのも、何度もいうけれど、フジ・ロックの素晴らしいところだ。
by 大友博
最終日。
時おり空が明るくなることもあるけれど、やっぱり雨がぱらぱら。


みんな雨には慣れているみたいだけれど、気温も低くこんなに汗をかかないフジ・ロックは珍しいのではないだろうか。
午前中は、レッド・マーキーでOH SUNSHINE、グリーン・ステージでYOUR SONG IS GOODと、さっそく、大きな可能性を感じさせる日本のグルーブに軽い衝撃を受けた。
フジ・ロックは普段あまり間口を広げていない僕らのような中高年の音楽好きに新しい出会いを与えてくれる場でもある。
もちろん、若い人が生まれるはるか前から活躍しているアーティストを知る場でもあるわけだ。
ほっておくとベテランばかりに足が向いてしまうのだが、そんな出会いも求めつつまた今日も会場を回ろうと思う。

by 大友博
会場では「NO NUKES」というフレーズをよく目にしたり、耳にしたりする。
米スリーマイル島でのメルトダウンに強い衝撃を受けた世代としては、
その後に行なわれた大規模なベネフィット・コンサートのタイトルとしても
深く記憶に刻まれている言葉だ。
東日本大震災/原発事故犠牲者に被災者への想い、
どうやって復興や原状回復を成し遂げるかといったことが、
間違いなく、深い部分で今年のフジ・ロック・フェスティバルのテーマになっている。
自然のなかで音楽を楽しみながら、それがきっかけで、
あらためてさまざまな問題に想いを馳せるというのは、
とても素晴らしいことだと思う。
土曜の朝日朝刊にはじまり、まさにこのタイミングで、
各メディアが、過去のいわゆるやらせ問題に監督する側の保安院が関わっていた可能性を報道している。
「やっぱりな」という感じだ。
事故直後の「計画停電」騒ぎから、ようやく原発の必要性を議論する段階に進んできたが、
もはや、もともと本当に必要だったのかを真剣に考え、
検証すべき段階なのではないだろうか。
会場をぶらぶらと歩き回っていて、あらためてそんなことも考えた次第。
東京に戻ったらまとめて新聞を読もう。
by 大友博
