5月30日のJazz Conversationは
日曜日, 5月 30th, 2010まったく油断もスキもありません。
ようやく快適な気温となりこれから初夏に向けて一気にはずみをつけていくはずの5月末。
「だのにー、なーぜー。」
歯を食いしばるような寒さ。
耐えきれません。
もう若者ではないのです。嗚呼。
掛け布団を引っ張りだした次第。
明け方にゃあ吐く息もしろーござんした。
くれぐれも寒暖の差にご注意の上、うっかり風邪など引かぬようお願い申し上げます。
さて先日29日は銀座のバー「Lle Sept」でのONGAKUゼミナール第16回が開催されました。
今回は日頃のご愛顧への感謝の意味も込めて番組リスナー3名様を無料招待させて頂きました。抽選の結果選ばれたF様、N様、T様、お越し頂きまして有り難うございました。和やかなムードを大切にしているイベントの為、隅々まで行き届かない点も多かったと思いますが、放送とは違う「生の音楽講義(ゼミナール)」、楽しんで頂けましたら幸いです。
残念ながら今回抽選に漏れた方も是非次の機会にまたご応募下さい。
それでは5月30日の番組内容と参りましょう。
イントロダクションでは2週遅れとなりましたがハンク・ジョーンズさんへの追悼コメントと1曲を追悼としてPlayします。小川氏の思い入れたっぷりのコメントと、セレクトした「ソロピアノ」による「Georgia On My Mind」をお送りします。本編では特に触れませんでしたが、ココ、よーく聴いてみて下さい。楽しそうに弾いているハンクさんの鼻息というか、鼻歌らしきものが聴こえ、手慣れた演奏であることが充分伺えます。またいい音してるんですね。
巻頭特集は月末恒例企画「今月の新譜から」。
まずは今年デビュー15周年を迎えるカルロス・菅野率いる「熱帯JAZZ楽団」のニューアルバム「熱帯JAZZ楽団XIV」〜Liberty〜(6/23発売)から疾走感満載の1曲を。

続いては先日アイスランド火山噴火の一件で来日公演が延期になったオランダの歌姫「トレインチャ」の「マイケル・ジャクソン アコースティックカバーアルバム」を紹介します。
延期となった公演は6月15日、16日にBlue Note Tokyoにて。

巻頭特集最後はウイントン・マルサリス(tp)とリシャール・ガリアーノ(bandoneon)の2008年フランス「マルシアック・ジャズ・フェスティバル」でのライブの模様を収録した「ライブ・イン・マルシアック」から。

午後4時半過ぎは連載「マイルス・デイヴィスの真実」
自分の方向性を見失い、プレイヤーとしての達成感もない失意の渦中、道を外し、行方をくらましたマイルスとそれを追ったあるレーベルオーナーの話から物語はスタートします。
温かく迎えてくれた旧友、踏み外した道から復帰出来る「新作へのアイデア」というサポートを受けマイルスはどのように自分を律したのでしょうか。
午後5時台はゲストを迎えて話を伺う「Meet the Star」のコーナー。
今週はブルーノートレーベルの日本人アーティスト「quasimode」からリーダーでピアノの平戸祐介さん、パーカスの松岡”matzz”高廣さんと共に、彼らがおススメする「BLUE NOTEの名盤」をチョイスしてもらい、選曲して頂きました。DJ小川氏がquasimode のメンバーが何を聴いて育ったか。quasimodeの原点は何か。を平戸さん、松岡さん本人自らが語ります。
5時台後半は特集その②。
今週は「ジャズで聴くミュージカル」
「ジャズの原点はミュージカルだろ?」という声も聴こえて来ていますが、今回はジャズ・ミュージシャンがみっちりミュージカルと向き合った作品を中心にPlayして行きます。


まずはマイルス vs セロニアス・モンクの俗に言う「喧嘩セッション」が記録された「Miles Davis and The Modern Jazz Giants」からThe Man I Love (take2)を。
続いてこの「喧嘩セッション」の翌年に開催される「New Port Jazz Festival」にモンクと共に出演をし、一夜にしてマイルスを大スターにした程の世紀の名演といわれた「'Round About Midnight」をplayします。
そのNew Port Jazz Festivalの会場に居たColumbiaのプロデューサー、ジョージ・アヴァキャンはこの演奏にいたく感動をし即座に終演後の楽屋にマイルスを訪ね Columbiaでの契約をオファーします。当時マイルスは名門Prestigeとの契約を抱えていたもののさまざまな障害は話し合いにより解決へと向かいます。結果Prestigeとの契約を遂行するためにマイルスは2日間で全26曲という驚異的なレコーディングを敢行。この作品は4枚のアルバム、通称マラソンセッションと呼ばれる一連の作品として発表されます。今日はその中からIf I Were A Bellをお聴き頂きましょう。
Columbia からはレギュラーコンボの結成を促されていたマイルス、まだ無名のコルトレーンを採用してレコーディングしたマラソンセッション以降はテナーだけはどういうわけか流動的でした。アルバム「Someday My Prince Will Come」のレコーディング時には偶然スタジオに居たジョン・コルトレーンを捕まえレコーディングに参加するよう要請します。この時スタジオにはハンク・モブレーが居たもののマイルスはあえてコルトレーンとのテナーバトルを仕掛けます。それに見事に応えたコルトレーン。困惑の心境が伺えるハンク・モブレー。それぞれのソロの出来具合いに注意して聴いて下さい。
最後は当時中学生だった小川隆夫君ははからずも一枚のコンサートチケットを手にします。「マイルス・デイヴィス来日公演:東京厚生年金会館」。マイルスが何者かもまだ知らなかった中学生の歴史はこの日を境に大きく変化しました。1964年のこの初来日公演は後に「Miles In Tokyo」という名前となり世に発表されました。時を経てこの作品を仕事として取り扱う事となった「小川隆夫君」の熱いトークを是非ご賞味下さい。