月別アーカイブ: 2011年1月

リスナープレゼント

2011/01/28 / Category:プレゼント情報

 

 電波の地域制限によりこれまでに
『 烈譚萬屋 』を聞く事が出来なかった方々に朗報です!!

 

放送エリアに関係なく、全国民放52局のFM放送がお聞きいただけるサービスがスタートしました!

 

『LISMO WAVE 』


※auの携帯電話向けのサービスです。
※詳しくはこちらから→ http://www.kddi.com/lismo/wave/
※2011年1月26日~5月末まで情報料無料キャンペーン中

 

さらに、朗報です!

番組宛に熱ーいメールをお送りいただいた皆様の中で、

番組中にレッドムーン 後藤にメール読まれた方にはこんな素敵なプレゼントが用意されています。

present

 

レッドムーンの不屈の名作であり、今なおレザーウ     ォレットの定番として人気のモデルを925silverにて  立体的に仕上げたペンダントトップ。

 

数種類あるのでタイプをお選びいただく事は出来ません。

 

 

その他にも、レッドムーン 後藤からの私物プレゼントやゲストからのプレゼント等もあるかもしれません。

番組は最後までお聴き逃しのないよう、お楽しみに!!!!

 

それではまた、『烈譚萬屋』放送前の情報をお伝えさせていただきます。

TJこと烈土 無雲でした。

#3 烈譚萬屋 いかがでしたでしょうか...。

2011/01/27 / Category:レッドムーン情報

 

 

 「 生 涯 現 役 』

 

 

 そんな言葉が似合う3人の男達による熱いトークでしたね!!

 

 

ファンに支えられ、

ファンの期待に応える為に自身の身を削り

常にファンを喜ばせる事だけを考えてきた。

 

 

間違いなく カッコイイ!!! 男の中の男達 です。

 

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番組でも流れた、ゲストのお二人の為に用意された入場曲をご紹介いたします。

 

_アルバム表紙\吉野弘幸さんの試合入場曲

1993年に発売のアルバム『ZUM ZUM PARADISE』

BBF&ZUM ZUM ALLSTARS

このアルバムの1曲目に収録されている『YES,HIM A CHAMPION』は吉野弘幸さんのテーマ曲として、爆風スランプのバーベキュー和佐田さんとファンキー末吉さんが制作。作詞&ボーカルにMONDY満ちるさんとPJ、スクラッチにDJ KRUSHさん、等々様々なミュージシャンが参加。

 

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武田幸三さんの試合入場曲

2009年10月26日『K-1 WORLD MAX 2009』の引退試合の入場の為だけに長渕剛さんが再レコーディングした『STAY DREAM』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんお気づきでしたか?

レッドムーン後藤はお二人のチャンピオンをお迎えするにあたって、

チャンピオンコーナーでもある『赤コーナー』に扮しております!!

 

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来週も本日に引き続き、

吉野弘幸さんと、

武田幸三さん

をお迎えして熱いトークをお届けいたします。

次週の放送までに『You Tube』でお二人の試合をチェックしましょう!

 

 

お二人へのメッセージや、番組への感想をredmoon@interfm.jp までお送り下さい。

ラジオネームを忘れずに記載して下さい!読まれた方にはプレゼントをお送りさせていただきます。

 

 

■レッドムーンからの告知です!

本日の深夜1:59~

テレビ朝日『セレクションⅩ』にて番組限定のウォレット(財布)が紹介されます。

ここでしか手に入れる事の出来ない特別仕様となっております。お見逃し無く!!

 

 

それではまた、『烈譚萬屋』の情報をお伝えさせていただきます。

TJこと烈土 無雲でした。

#3 烈譚萬屋 ~番組予習~

2011/01/26 / Category:ゲスト情報

明日(1月27日)のゲストは拳闘家 吉野弘幸さんです。

 

さらに スペシャルゲストとして、

格闘家の『 武田幸三 』さんも参戦いたします!!!!

 

番組を楽しんでいただく為にも、事前にゲスト情報をチェックしましょう!!

http://ameblo.jp/takeda-kozo/

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(写真 2006年 K-1 WORLD MAX)

 

 

1972年12月27日 東京都足立区出身

学生時代はラグビー部に所属し、ラグビー推薦で入学した国士舘大学時代に観たK-1でのブランコ・シカティックの試合に刺激され、すぐさま大学を中退し、キックボクシングを始める。当初はK-1とその他のキックボクシング団体の違いも分からず、またヘビー級でK-1に出るつもりで、90kgまで体重を増量したという。一時本気でK-1を目指すため、正道会館に入門して新空手の大会にも出場したが、治政館ジムに出戻った。国際総合武道教育連盟(平野雅龍総裁)からは空手五段の認可を受けている。

1993年 治政館に入門

1995年 全日本新空手道選手権優勝、新日本キックボクシング協会のリングでデビュー。1997年 日本ウェルター級王者となった。

1999年 ラジャダムナン遠征でムエタイランカー、ヨンサック・ガンワーンプライにKO勝ち。
2000年 後楽園ホールで日本人として22年ぶりにムエタイ王座挑戦を果たすが惜しくもドロー。

2001年 チャラームダム・シットラットラガーン(王者:タイ)に2R2:12KO勝ちし、ラジャダムナン・スタジアムウェルター級王座を獲得。ムエタイ史上4人目となる外国人王者となった。

2001年 チャーンヴィット・ギャットトーボーウボン(4位:タイ)にTKO負け(3R終了、流血によるドクターストップ)し、王座防衛に失敗した。

2003年 K-1にデビューし、K-1 WORLD MAX 2003 〜日本代表決定トーナメント〜に出場。決勝で魔裟斗に判定負けし、準優勝に終わった。

2004年 新日本キックボクシング協会「MAGNUM 5」でペットナークン・ソーサムルアイナムチョークと対戦。2R途中で武田が出血。偶然のバッティングとの判断で、2R終了時点で判定が行われ1-0の引き分けとなったが、ビデオ判定を行ったところ、肘打ち無しのルールであったが、肘打ちによる攻撃と判明。武田の反則勝ちへと変更された。

2004年 K-1 WORLD MAX 2004 〜世界王者対抗戦〜で、ブアカーオ・ポー・プラムックとの接戦は再延長の末、判定負け負けを喫した。

2005年 K-1 WORLD MAX 2005 〜日本代表決定トーナメント〜の1回戦で山本”KID”徳郁と対戦予定であったが、KIDの右腕負傷により前日に緊急参戦が決定した宮田和幸と対戦し、右ローキックでKO勝ちするものの、右脛負傷により村浜武洋との準決勝を棄権した。

2005年 新日本キックボクシング協会「小野寺力引退記念大会 NO KICK, NO LIFE 〜FINAL〜」で佐藤ルミナとスペシャルエキシビションマッチで対戦。最初はキックボクシングルールであったが、途中からオープンフィンガーグローブを着け、総合格闘技ルールに変わった。腕ひしぎ十字固め、スリーパーホールド、パウンドなどを繰り出した。

2007年 K-1 WORLD MAX 2007 〜世界最終選抜〜で、マイク・ザンビディスに判定負け負けを喫した。

2008年 Dynamite!! 〜勇気のチカラ2008〜でK-1ルール初挑戦となる川尻達也と対戦。右フック、右跳び膝蹴り、左フックで1Rに3度のダウンを奪われTKO負けを喫した。

2009年 K-1 WORLD MAX 2009 World Championship Tournament FINALで組まれた引退試合でアルバート・クラウスと対戦し、2R2分19秒右目の負傷によるTKO負け。この試合を最後に引退した。

2010年 新日本キックボクシング協会「FINAL 武田幸三引退記念興行」が開催され、メインイベントで佐藤嘉洋と「武田幸三引退エキシビションマッチ」で対戦した。

その後、第2の人生として俳優への道を目指し、吉本興業の門をたたく。

2010年10月~ ABC検事・鬼島平八郎(SP役として)

2011年1月~ YTV示談交渉人ゴタ消し

 

新日本キックボクシング協会 ウェルター級王座

ラジャダムナン・スタジアム ウェルター級王座

K-1 WORLD MAX 2003 日本代表決定トーナメント 準優勝

全日本新空手道選手権 1995 優勝

 

 ■戦績 72戦 45勝(34KO) 20敗7分

 

不器用ながらも破壊力のある右ストレートと、右ローキックで常にKOを狙うファイトスタイルで常にお客さんを沸かせ、超合筋の異名を持つキック界のラストサムライ。

 

 

それではまた、『烈譚萬屋』放送前の情報をお伝えさせていただきます。

TJこと烈土 無雲でした。

#3 烈譚萬屋 ~番組予習~

2011/01/25 / Category:ゲスト情報

次回の放送は1月27日 (木) 夜11:00~です!

 

今回はレッドムーン 後藤も ダイスキ! な格闘技スペシャル!!

ゲストには 『吉野 弘幸 』 さんをお迎えいたします。

 

番組を楽しんでいただく為にも、事前にゲスト情報をチェックしましょう!!

http://www.hsbg.net/index.html

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(写真 1995~1996年 東洋太平洋チャンピオン時)

 

 

 

1967年8月13日 東京都葛飾区出身 血液型O型

1985年2月28日 17歳でプロデビュー(1ラウンドKO負け)

1988年3月21日 東京ドームで行われた統一世界ヘビー王者 マイク・タイソンvsトニー・タッブス戦の前座に組まれた

日本ウェルター級タイトルマッチにおいて圧倒的不利の予想の中、4ラウンドKO勝ちでチャンピオンを下し初のタイトル獲得

(タイトル獲得時の年齢は20才)

以後、同タイトルは1993年初めに返上するまで14度の防衛に成功、14度というのは現在もまだ破られていない日本ウェルター級史上最多防衛記録で、また14度の防衛戦の中には8連続KO防衛という全階級を通じて史上2位の記録も含まれます

(また、自身が持つ連続KO記録は1987年11月の日本タイトル前哨戦となった試合から始まった12試合連続KO※当時は史上2位の記録でした)

1993年6月23日 階級をひとつ落とし、WBA世界J・ウェルター級タイトルマッチに挑むも5ラウンドKO負けで王座獲得ならず、そして再起戦となった同年12月に行われた東洋太平洋ウェルター級王座挑戦も8ラウンドTKOで敗れる

1994年12月6日 1年間の休養期間を経て再びリングにカムバックし、試合は3ラウンドKO勝ち

1995年11月28日 復帰後3連続KOで再び東洋太平洋ウェルター級王座挑戦、そして結果は不倒の王者から3ラウンドにダウンを奪い、12ラウンド判定勝ちで王座獲得

1996年12月3日 同王座3度目の防衛戦、7ラウンド負傷判定負けで王座陥落(そして一旦引退へ)

1997年9月7日 K-1大阪ドーム大会に出場し、1ラウンドKO勝ち(キックの試合はこの1戦のみ)

1999年3月24日 ボクシング界復帰第一戦を1ラウンドKO勝ちで飾る

2000年9月11日 復帰5戦目で日本スーパーウェルター級王座挑戦、判定勝ちで8年ぶりの日本王座獲得、

2001年2月には1位・金山俊治(のちのクレイジー・キム)相手に初防衛

しかし、その後は不本意な試合が続き、4試合連続判定負けでボクサーの定年(37才)を迎え、自らの意思でリングを降り(引退ではなく、再び復活するために!!)自身のジム(H’s STYLE BOXING GYM)をスタート

 

第22代 東洋太平洋ウェルター級チャンピオン(防衛2回)

第34代 日本ウェルター級チャンピオン(防衛14回)

第25代 日本S・ウェルター級チャンピオン(防衛1回)

 

■戦績 51戦 36勝(26KO) 14敗 1分け

 

51戦のうち約半分の25戦がタイトルマッチ(世界1,東洋5,日本19回)
それだけタイトルマッチを経験してる選手はあまりいないかもしれませんね。

 

 

それではまた、『烈譚萬屋』放送前の情報をお伝えさせていただきます。

TJこと烈土 無雲でした。