4月22日(日)第155回放送「TALKIN’ ON SUNDAY

2018-04-23 / Category:Entry

古家正亨の「TALKIN’ ON SUNDAY」
本日も楽しんでいただけましたか?

 

今週は、先週までのゲスト、シンガーソングライターのKANさんから
トーチを受け取ります、プロテニスプレーヤーの
杉山記一さんをお迎えしました。

 

 

 

 

【プロフィール紹介】

1977年7月29日生まれ
福岡県にあるテニスの名門校・柳川高等学校でテニス部の主将を務め
学生時代には、インターハイで優勝。さらに全日本ジュニアでも優勝。
その後、早稲田大学に進学し、大学でも庭球部の主将を務め
ユニバーシアード大会で銅メダルを獲得。
2000年に早稲田大学を卒業しますが、その後は、スペインに拠点を移し、世界中を転戦。
2006年には全豪OPEN予選でファイナリストとなり、
日本ランキングでも最高3位にランクするなど、
日本を代表するテニスプレイヤーとしてご活躍されています。

2008年からは現役を引退され、
現在は橋本総業ホールディングス株式会社に所属され
テニスプレイヤーのコーチをされています。

 

■テニスを始めたきっかけはなんですか?

父親が週末にテニスクラブのコーチをしていて
僕はそこに行って、ずっと壁打ちをしながら、
父に指導されていました。
幼稚園からテニスの壁打ちをして、小学3年生で試合にでました。

■高校には、一人でテニス留学をされたとか?

そうですね。柳川高校という福岡の高校にいきました。
柳川高校は当時、全国レベルの選手がたくさんいて
見学に行った三日後に転校を決めました。

 

大学卒業後はスペインを拠点に世界を転戦されましたが、
なぜスペインに行かれたのですか?

大学の頃、ユニバーシアードという学生のオリンピックに
出させていただいた時の会場がスペインで、
そのときに世界一だった、カルロスモヤが会場で練習していたんです。
モヤの練習はとてもハードで、コーチに怒られながら練習していたんです。
それを見て、世界で活躍するにはこの環境が必要だと感じたんです。

 

世界転戦というのは具体的にどれくらい海外にいるんですか?

一年間のうち、10ヶ月は海外にいます。
毎週、国が変わっていくわけで、その国によって気候とか気温とかで
体調を整えないといけません。
ホテルの予約なども全部自分でやっていましたね。

 

■引退までの中で、一番記憶に残っているものはなんですか?

グランドスラムの舞台に立てたことは一番の思い出です。
あとは辛いという面だと、特集を組みたいと言ってきたメディアの方々が
僕が試合に負けた瞬間に、一斉に僕のコートからいなくなるという、
寂しくて、シビアだなと思う経験でした。
だから、スポーツの世界は勝たないといけないんです。