
「生成AIによるサイバー攻撃について」
第58回(2026年5月14日放送)
ワシントンDCで行った連続講義から帰国した直後、日本国内でもかなり緊張感のある相談を受けたそうです。背景にあったのは、Anthropicの最新モデル「MISOS」が、極めて高いサイバー攻撃能力を見せ始めているという話でした。
MISOSは、もともと“攻撃専用AI”として作られたものではありません。通常のLLM、つまり大規模言語モデルとして開発されたものですが、その中でゼロデイ脆弱性を次々に発見してしまうほどの能力を持っていたという点が問題視されているそうです。ゼロデイというのは、まだ対策パッチが存在していない脆弱性のことです。つまり、発見された時点で防御側が無防備になってしまう領域です。
これまでもサイバー攻撃は存在していましたが、生成AIが組み合わさることで、そのスピードと規模が桁違いになっていると言います。従来なら、高度な技術を持つ専門家が時間をかけて探していた脆弱性を、AIが一気に大量発見してしまう。しかも、そのAI自身は「サイバー攻撃AI」として設計されたわけではない。そこに今の恐ろしさがあるという話でした。
アメリカでは既に、大手金融機関や国防関連機関がDevSecOpsやゼロトラストといった考え方を本格導入し、継続的なセキュリティ更新体制を構築しています。ゼロトラストとは、「何も信用しない」を前提にシステム全体を設計する考え方です。内部ネットワークであっても安全とは見なさず、常に検証を行う。その思想自体が、従来の日本型システム運用とはかなり違うと言います。
一方で、日本では金融機関やインフラ企業を含め、まだ十分な対策が浸透していない部分があるそうです。銀行だけではなく、電力、通信、鉄道、証券など、国民生活そのものに直結する“ミッションクリティカル”な領域全体が影響を受ける可能性があるという指摘でした。
DevSecOpsについては、数年前から日本国内でもイベントや講演を通して警鐘を鳴らしてきたそうです。アメリカ大使館や各省庁も後援に入り、重要性は共有されていた。しかし、それでも実際には十分理解されず、「まだ大丈夫だろう」という空気のまま時間が経ってしまった。その結果、生成AIの急速な進化によって、一気に現実問題として噴き出してきたという感覚があるようでした。
今回の話で印象的だったのは、「日本の専門家層そのものに問題がある」という指摘です。最近はAIやサイバーセキュリティの専門家を名乗る人が急激に増えています。しかし、その多くはツールを活用する“エンドユーザー型”の専門家であり、計算科学や数理モデルそのものを理解しているわけではないと言います。
たとえば現在の生成AIブームでも、プロンプトエンジニアリングやAI活用術を扱う人は増えました。しかし、それはAIの“使い方”に詳しいのであって、AIの中身を作っているわけではありません。数学的背景や計算理論、アルゴリズム設計を理解している人材とは別物です。
サイバーの世界でも同じことが起きているそうです。海外製ツールを日本向けに導入し、日本語化して販売する人材は増えた。しかし、サイバー攻撃の現場は一日経てば状況が変わるほどスピードが速い世界です。半年、一年前の知識だけでは通用しません。本当に重要なのは、最新状況を理解しながら、自分たちで仕組みを設計し、防御を組み替え続ける能力だという話でした。
では、なぜ日本はその領域で弱くなってしまったのか。背景には、1990年代以降の計算科学教育の停滞があると感じているそうです。バブル崩壊以降、日本は研究開発への投資を減らし、特に計算科学やコンピューターサイエンスの基礎教育に十分な予算を投入できなくなっていった。
計算科学は、数学だけで成立する世界ではありません。ハードウェア、ソフトウェア、ネットワーク、GPUなど、巨大な実験環境と継続的研究が必要になります。そのため、研究には膨大な資金が必要です。しかし日本は、その土台作りを途中で止めてしまった。
かつて日本には、「第5世代コンピュータ計画」のように、世界を驚かせる国家規模の研究プロジェクトがありました。AI研究や計算科学の分野で、日本の研究者が世界最前線にいた時代もあったそうです。しかし現在は、応用分野ばかりが注目され、基礎理論を深く扱う研究者が育ちにくい構造になっている。
その結果、AIとサイバーの両方を深いレベルで理解できる人材が極端に少なくなっているという話でした。特にミッションクリティカル領域では、「肩書きが立派」というだけでは意味がありません。昨日の知識が今日には通用しなくなる世界だからです。
今回のテーマは単なる“AIが怖い”という話ではなく、日本の教育、研究投資、安全保障、そして産業構造そのものに関わる問題として語られていました。生成AIによるサイバー攻撃は、これからさらに進化していく可能性があります。その時、日本が海外製ツールを後追いで導入するだけの立場のままで良いのか。本当に必要なのは、計算科学そのものを支える基盤教育と研究投資を、もう一度立て直すことなのかもしれません。
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毎週木曜日 深夜0am - 0:30am
DJ:苫米地英人
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